KONISHIKIとの出会い

2015.11.5

力士

1987年5月に外国出身力士としては史上初めての大関になった、KONISHIKIこと小錦八十吉は怪我のため1993年に大関を陥落します。

そして1997年の11月場所で力士を引退します。引退後KONISHIKIは年寄株を取得し、高砂部屋付きの親方として相撲協会に残りましたが、1998年7月場所を最後に相撲協会を去ります。その後KONISHIKIは、タレントや音楽プロデューサーとして活動を行っています。ハワイアン歌手としても活躍するKONISHIKIはハワイのオアフ島出身ですが、生粋のハワイアンではありません。KONISHIKIの両親はサモアからの移民なのです。また元ファッションモデルの塩田寿美歌と最初の結婚した時に帰化し、日本国籍を取得し、現在の妻と出会い結婚したのをきっかけに塩田から小錦に変名しています。

元ファッションモデルの塩田寿美歌とは1992年に出会い結婚しますが、相撲協会を退職した後2000年12月に離婚します。KONISHIKIとの離婚後、塩田寿美歌はKONISHIKIとの結婚は本意ではなかったと告白しています。その後KONISHIKIは2004年に、元診療所で働いていた飯島千絵さんと再婚しています。

力士時代にはギネスブックで最も体重の重いプロスポーツ選手と紹介されていたKONISHIKIですが、引退後も体重が増え続け、2008年2月にはついに体重が300kgを超えました。さすがに生命の危機を感じたKONISHIKIは胃の縮小手術を受け、3ヵ月間で体重を70kg減量し230kgになります。2009年7月には174kgまでの減量に成功します。

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